チャットで出会った大切な友人

私は初めてパソコンを購入したのが高校生の時でした。人生で初めてのパソコンを両親に購入してもらったのですが、家族の誰もがパソコンの知識もなく、すべて自分でセッティングを行ったりしなければなりませんでした。どうにかパソコンでインターネットが使えるようになると、私はヤフーチャットをしたのを覚えています。

Windows98のパソコンを使っていた当時、チャットはまだ文字しか使うことが出来ず、音声でのやりとりが出来ない環境でした。しかし、毎日のようにチャットルームに入って会話をするのを楽しみにしていました。大抵の場合は、その場限りの会話の相手になるのですが、そこである女性に出会いました。

その女性はパソコンに詳しく、私は分からないことがあるとチャットルームでその女性に質問をするようになりました。相手も親切に教えてくれ、おかげでパソコンに関する知識を学ぶことができました。しだいにパソコン以外のことも話すようになり、お互いの連絡先を交換しました。

それからは電話でも話すようになり、今では良い友人付き合いをさせてもらっています。チャットで友人が出来るなんて思ってもいませんでしたので、本当に不思議なことだなぁと思っています。

便利な分だけ面倒でもあるもの

私がチャットを利用している高校生の時は、まだインターネットが普及しきれていなくて、携帯電話でサイトを観覧していた頃。そこに設置されていたチャットルームは、掲示板の機能を縮小したようなもので、参加者(入室者)が一覧表記されるが更新は手動。

掲示板よりはリアルタイムだが瞬発的な会話が出来るわけではなかった。それから数年のうちにパソコンが家庭に一台はあるような時代になり、私も手に入れることができた。そこで流行したのがWindowsメッセンジャー。ソフトとして独立している上に一度登録してしまえば相手がオンラインかオフラインか、作業中であるかなどの様子も伺い知れて、リアルタイムに文字で会話することが出来るツールだった。

もちろん複数での同時チャットも可能。とても画期的で、私は友人たちと毎晩のようにパソコンを介して会話していた。ところがいつからか、それが義務になったかのようで苦痛に感じられ、またあまりに頻繁に会話するため話題も尽き、友人同士不穏な空気が流れ始めた。

そして私は自分の状態を「オフライン」にすることが増え、その友人たちとも疎遠になっていった。今現在、若者の中で流行している「Line」というツールで、同じことが起こっているとニュースで耳にする。「便利」「常時」「簡易」というのは、人間からコニュニケーションの工夫を奪うだけでなく、コミュニケーションそのものを面倒にしてしまうものなのかもしれない。

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